突然ですが、皆さんの夢は何ですか。
自分の夢を語る事について、私にはずっと心に残っている事があります。それは高校一年生の時、当時私が通っていた学校で行われた、夢を語る合宿です。当時私は、物語を書くことがとても好きで、「世界に声が届く作家になりたい」という自分の夢を語ったことをよく覚えています。同時に印象に残っているのは、クラスメートが語る、多様な夢の数々。結婚して幸せな家庭を築きたい、〇〇大学で文学を学びたい・・・。普段はこっぱずかしくなってしまうかもしれない話題でも、教室という場所から飛び出し、一夜を共にするという前提がある中で共有したお互いのあの時間は、何年たっても、色あせず、心の中に残っているのです。あの空間で感じた、これから訪れる未来への希望や、わくわく感を、私はいつも胸に抱いて、忘れないようにしています。
夢と好きなものを考える
夢という言葉の響きが、壮大で、遠く、現実味がないもののように感じる方がいるかもしれません。そういう場合は、好きなもの、と捉えて頂ければと思います。好きなものと、皆さんは、どう生きていきたいでしょうか。個人的な願いとして、より多くの人が、夢や好きなものと共に生きていける社会が素敵だと、私は思っています。なぜならあの合宿の中で、私はとてつもないエネルギーを感じたからです。人は、夢や、好きなものについて話す時、本当にいい表情をすると思うのです。前に進もうとするエネルギーは、私達一人一人に力を与え、その力が、社会をよりよい方向に導きます。
そんなことを言ったからには、私の夢、好きなものについて、ここで語りたいと思います。
「近くて、遠い」と次世代が言わない社会の実現
今でももちろんいつか物語を書きたいとは思っていますが、私の現在の夢は、東アジアの次世代が「(地理的に)近くて、(心理的に)遠い」と言わない社会をつくる事です。高校生活の一年間を米国で過ごした際に、東アジアからの友人達と出会いました。彼らとの一年は、多様な感情と、決して忘れる事のない思い出に溢れ、私のその後の人生を大きく変えました。一方で、社会を見渡せば、日本・中国・韓国の間には様々な歴史的・政治的な問題が存在し、近年の国民感情もとても良いとは言えません。日本の内閣府が毎年実施している世論調査では、約7割の日本人が、韓国・中国に対して「親しみを感じない」と回答しており、この傾向は単年のものではないことが見て取れます。このような社会の空気の中で生きていく事が、私にはどうしても嫌なのです。日本という国は東アジアの一員であり、この場所から逃げることはできません。日本社会で暮らす外国人の中で一番多いのも、中国と韓国からの方々です。私たちが共に生きるという事実が当たり前にそこにあることはもちろんですが、高校時代、彼らと過ごしたあのかけがえのない時間。その輝きや、喜びを、多くの人にも知ってもらいたいと思っていることが、私の大きな原動力です。
複数の帽子を被る生き方
その夢を軸とし、私は複数の帽子を被りながら、日々生きています。
日々の「仕事」としては、経営大学院にて、コンテンツの作成や、主にアジアからの海外大学院との連携。ドストレートに東アジア、というところであれば、Wake Up Japanという教育団体で理事として、東アジアや多様な社会課題に対してのプログラム企画・運営を。単一的にならないよう、また志高い仲間から学べるよう2つのグローバルなプラットフォーム、世界経済フォーラムが組織するGlobal Shaper Communityへの所属と、One Young Worldという団体の活動に参画しています。どちらも若者の力で社会を変えていく、というミッションを持ち、様々な活動を展開しています。その他、大学院では、ソウル・北京・日本を2年半かけて回りながら学んだ修了したCAMPUS Asiaというプログラムに参加していたのですが、こちらの活動にも、OBOGとして、足を突っ込んでいます。
相応な30歳像?
そんな私がよく周りから言われるのは、「忙しそうだね」、という言葉です。
私は基本的に楽観主義で、他の人が私に対してどう思うか、ということをあまり気にしない性格ですが、それでも30歳にもなると、この言葉がたまに、こう聞こえることがあります。
「30歳でそんなことばっかりしていて大丈夫?」
「どうして自分の時間を、誰かのために使うの?」
そう聞こえるのは、私の中でも迷いや、社会的な年齢に応じた、みんなが考える「相応」な30歳像というものが心によぎるからだと思います。実際、確かに私の時間の使い方は人と違うかもしれません。一ヵ月で何もイベントを企画しない月はここ数年でないように思いますし、活動の全てが経済的な利益を私にもたらすわけでもありません。それぞれの活動で出会う人々との交流や、避けられない打ち合わせは、私から多くの時間を奪っていくと言えば、そうでしょう。
何故私は、そこまでして、「忙しそう」な人になるのでしょうか。何故、自分の時間を誰かや、何かのために使うのでしょうか。
見つける、生きる上での喜び
そこで私はもう一度皆さんに、聞きたいのです。
皆さんの夢や、好きなものは、何ですか、と。好きなもののために使う時間を、皆さんは、もったいないと思うでしょうか。私は何も、大きなものを聞いているわけではありません。例えば好きなものがラーメンであれば、おいしいラーメン屋さんを調べ、実際にそこまで行き、並び、食べ、記録する時間を、「もったいない」と思うでしょうか。きっと、そうは思わないはずです。
夢や、好きなものは、私の人生に喜びを与え、明日へ進む力をくれます。私は確かに忙しいかもしれませんし、いつも心穏やかに過ごしているわけではありません。「この日予定ある?」と聞かれて、「予定ある」と答えた時、それが必ずしも誰かや何かの予定ではなく、「自分で一人になり怠ける予定がある」日々を挟みながら、自分の夢や、好きなものと向き合う生き方のペースを整えています。
自分の中での生き方を決める
決めつけかもしれませんが、人には誰にでも、夢か、好きなものが、あるはずだと私は思っています。
違うのは、その夢や好きなものと、どう生きていくか、という選択です。それを一番多く時間を使う「仕事」で選択するかもしれないし、それ以外の時間で過ごすことを選択するかもしれない。そしてその隙間に日々の細かいや事や、誰かとの時間がある。人は一人一人、大切にしたいものも、出来ることも違います。また、どう生きていくか、という選択は、主体的であることが理想ですが、社会的な不平等や、自分ではどうしようもない事情が、選択の幅を悲しい事に狭めることもあるでしょう。
それでも、私は思うのです。人が生きることにわくわくし、明日も目を覚ましてもいいかな、と思えるのは、夢や、好きなものがあるからだと。より多くの人がその夢や好きなこととの自分なりの生き方を見つけ、喜びを社会に満たしていくそんな社会であれば、社会的な不平等や今はどうしようもない負の社会構造も、徐々に変わっていくんじゃないかと。だから私は、たくさんの帽子を持ちながら、「忙しいね」と言われ、時に確かに疲弊しながらも、わくわくし続けているのだと思います。
若い世代にエールを送るために、語ろう
2019年に、日本財団が18歳の意識調査を行いました。その調査では、「自分の社会や国を変えられると思うか」という問いに対して、わずか18.3%の日本人の若者が「そう思う」と答えたそうです。各国と比較し、一番低い数値が、日本の若者でした。
これは、ぱっと見れば、悲観的な数字かもしれません。実際私も、この数字にとてもがっかりしたことを覚えています。でも、もしかしたら、こう考えることもできるかもしれません。まだ、多くの若い世代が自分の力を自覚していないだけであり、元々人は生きているだけで好きなものはきっとあるだろうから、社会を少しずつ、変えているのではないか。各国の若者と違うのは、それを信じ、語ることができるか、という点のみなのではないかと。もちろん真実はわかりませんが、私はそう捉えることもできるのではないかと、思っています。
だからこそ、より多くの次世代が、自分の夢や、好きなことを語り、生き方を見つけていけるように、私は自分の立ち位置からのストーリーについて語り、行動したいと思います。
筆者プロフィール:長川美里
高校時代の米国留学他、中国、韓国双方への留学経験を持ち、東アジアの次世代の和解と共生に情熱を注ぐ。東アジアの次世代が、「近くて、遠い」と言わない社会の実現を夢見て、本業の経営大学院における仕事の他、Global Shapers Community, One Young World, Wake Up Japan等の各方面で活動を展開中。活動の様子は個人ブログ、”Dialogue in East Asia
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